椎葉平家まつり 一日目 【前編】
ようやくこの日が帰ってきました。誰もが待ち望んだ日、四年ぶりの椎葉平家まつり。
上椎葉の谷間に人が満ち、色とりどりの装いに通りが華やぐ、夢のような二日間。
裏方さんたちの頑張りを中心に、ちょっと視点を変えて見た祭りの横顔を、時間を追ってご紹介します。
田んぼの稲刈りも一段落し、山々が黄色く色づく頃、椎葉の役場周辺はにわかに活気付いてきます。
まつり本番の約二週間前、椎葉銀座の通りの上に大きな横断幕が掲げられます。
各所に貼られたポスター、通り沿いの店や家の軒先に張り巡らされたしめ縄、立ち並ぶ紅白ののぼりが、否応なしに村の人たちの気分を高めていくのです。
このまつりは、椎葉に伝わる平家の落人伝説、鶴富姫と那須大八郎の悲恋の物語を再現しようと、壇ノ浦の合戦から八百年後の昭和六十年に始まりました。
毎年、二人の主役は村ゆかりの若者の中から選ばれます。
「今年は、どこそこの誰々さん所の娘さんが鶴富姫よ」
「今年の大八郎は男前じゃねえ」
などとは村人の関心事で、大役を務める二人は当分の間は村の有名人となるのでした。
本番十日ほど前から会場の設営が始まります。役場の駐車場にトラックやクレーン車が入り、重そうな鉄骨を組み立てていきます。
椎葉の人たちは多くの村のイベントで、テントを建てたり、舞台を組んだり、大概のことは自分たちで出来る技術とチームワークを持っていますが、さすがにこのメイン会場の巨大テントの設営だけは専門業者さんが行っ
ているようでした。
数日後完成したのは、見たこともないくらい巨大な四連のテント。ここが中央ステージと客席となり、その周囲を囲むように特産品の販売所、椎葉の味を楽しめる飲食ブースが並ぶというわけです。
いよいよ椎葉平家まつりのスタートです。川原にも臨時の駐車場が設けられ、村外から訪れるたくさんのお客さんを迎え入れます。
平地の少ない椎葉では駐車場の確保がとても重要。何ヶ所にも分散した駐車場への誘導、シャトルバスでの送迎。あちらでもこちらでも青いジャンパーを着たスタッフの皆さんが大活躍です。
その頃中央ステージではオープニングセレモニーにつづき、子ども達が伝統芸能や落語などを披露する『やまびこ発表会』、地域の人たちが繰り広げる『なんかしてみ祭やってみ祭』が観客を楽しませてくれます。
ステージ裏側では看板の架け替えやセットの転換など、役場の皆さんの作業も慣れたもの。三年のブランクを感じさせない手際の良さで、村の皆さんの晴れ舞台を、縁の下で支えているのでした。
一日目夕方、辺りがうっすら暗くなりはじめる頃、美しい和装束の女官らしき人が車の助手席に乗り込みました。他にも蓮台|《れんだい》を担いだ若武者たちが椎葉銀座の通りを役場前から鶴富屋敷の方へと移動して行きます。
そう、これが椎葉平家まつりの中で最もドラマチックな最初の見せ場、『鶴富姫法楽祭』の準備なのです。
舞台は鶴富屋敷へ。
源氏方の本陣に見立てた役場前のメイン会場から、那須大八郎の使者が鶴富姫を迎えに来るというストーリーです。すっかり宵闇につつまれた鶴富屋敷は、照明が落とされ、提灯と篝火|《かがりび》だけが灯されて、幻想的な雰囲気につつまれています。
そこに現れる源氏方の使者。松明を手に神妙な面持ちで砂利を踏み鳴らしての登場です。周りにはたくさんのカメラマン。無数のスマホがその様子を明るく映し出しているのが、なんとも今風です。これこそ、八百年前と現代が錯綜|《さくそう》する椎葉平家まつりの真髄なのかもしれません。
使者に導かれた鶴富姫は蓮台に乗り、多くの見物人を引き連れて大八郎の待つ中央ステージに向かいます。そして八百年の時を越えた再会を果たすのです。
まだ見たことのない方は必見の『鶴富姫法楽祭』です。
【後編】へ続く・・・