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『後狩詞記』とは何か(柳田國男を知る~その2)

 前回の記事で、柳田國男と椎葉村との関係を学びました。

 では、彼が著した『後狩詞記のちのかりことばのき』とは具体的にどういう本なのか、見ていきたいと思います。

 柳田國男が書いたのは序文だけと前回書きましたが、『後狩詞記』の目次は以下のようになっています。

 柳田國男が書いた序文は、10の節に分かれており、彼がなぜ『後狩詞記』を著すにいたったかを書き連ねた文章です。

 そもそもなぜ『後狩詞記』は「後」なのでしょうか。『狩詞記』があったからでしょうか。

 そう、実は、「狩詞記」があったんです。『群書類従ぐんしょるいじゅう』という文書の419巻(530巻まであるそうです)に、「就狩詞少々覚悟之事かりことばにつきしょうしょうかくごのこと」という項目があり、これが「狩詞記」と言われます。

 「狩詞記」の内容は、柳田國男曰く「狩の故実を筆録」したものだそうです。どういうことかと言うと、鉄砲の伝来に伴って狩の道具が弓から鉄砲に代わってしまい、位の低いものまでが狩を容易に行えるようになったことで山の鹿や猿が少なくなってしまったことを嘆いて、昔(弓の時代)の狩について記述した、ということのようです。

 柳田國男は「狩詞記」の時代は「狩が茶の湯のようであった」と書いています。つまり趣味としてのハンティングではなく、儀礼を重んじるものだったということです。

 そして「後狩詞記」の時代になり、一般的には狩がハンティングになってしまったが、椎葉村には鉄砲を使った猪狩の儀礼的な慣習がしっかりと残っているということを、柳田國男は興味深く感じたようです。

 以上のような時代の変遷についての記述の後は、椎葉村の地理や農林業などの経済事情、そして狩や住宅などの文化について書いてあります。

 この序文のみが柳田國男による文章ですが、狩を茶の湯に例えるなど言い回しが文学的な面もあり、とても面白く読めます。

土地の名目

 猟に使う用語の中で土地に関する単語をまとめた章です。例えば、猪が水浴びをする水たまりのことを「ニタ」というなど、41の専門用語が紹介されています。その中で、筆者が面白いと思った用語をいくつか紹介します。

「セイミ」猪が水を飲んだり、蛙などを食べたりするところ
「カマデ」右の方向のこと
「カマサキ」左の方向のこと
「カクラ」猪が隠れている場所のこと
「オダトコ」撃ち取った猪を持ち帰って、捌いて分ける家のこと

 例えば、「セイミがここにあるからカクラは近い」とか「カマデの方に逃げた」という使い方をするのではないかと思います(今後、実際に猟をする方に聞いて確認しようと思います)。

狩ことば

 実際の猟に関する単語をまとめた章です。31の単語が紹介されています。これも、筆者が興味を持った語をいくつか紹介します。

「トギリ」狩の当日未明に、猪のいそうな所を探させて報告させること
「タテニハ」猟犬が猪を取り囲んで闘うこと
「ホエニハ」猟犬の囲みがくずれても、吠えながら猪を追うこと
「コウザキ」猪の心臓のこと
「セコ」囲んでいるカクラの中に入って、猪を追い出す人のこと

 中でも重要な単語が「コウザキ」で、猪を狩った後は「コウザキ」を「コウザキ殿(山の神様)」に供えるそうです。

こちらが猟犬です

狩の作法

 この章は、「猟法」、「罠猟」、「ヤマ猟」、「狩の紛議」の4節から成ります。

 「猟法」では、猪をどうやって待ち伏せるか、猪が出たらどうやって撃ち取るか、撃ち取ったらどうやって解体するかなど、狩の手順が詳細に記述してあります。

 「罠猟」では、罠のかけ方の解説はもちろん、鉄砲での猟をする人が追う猪が罠にかかった場合の分け前のあり方まで説明してあります。

 筆者がこの2つの節を読んで重要だと思ったことは、猟に伴う呪文が書いてあることです。「後狩詞記」の時代になってなお、儀礼を重んじることに興味を持った柳田國男が著した本であることの意味がここにあると筆者は思いました。

 「ヤマ猟」は仕掛けを用いて猪を押しつぶす方法ですが、とても危険なため今は行われていません。

 「狩の紛議」では、獲物を仕留める際に2組以上の狩の組が関係してしまった際の紛議をどう解決するかをまとめてあります。通常は慣例的に、足を一本切り取って分けたり、折半したりなどをしますが、慣例で解決できず裁判になってしまった際の判例まで書いてあります。

 この章は狩の儀礼的な部分から紛議などの具体的な問題まで扱ってあり、筆者としては『後狩詞記』で最も面白い章だと感じました。

いろいろの口伝

 この章は、口伝されてきた、いわゆるハウツーを扱っています。例えば、笛を使って猪を止まらせる方法や、銃弾が命中したかどうかを音で聞き分ける方法など、文字で残すことが難しかったことを記録してあります。

 中でも面白かったのは、「猟犬を仕込む方法」です。どのようにして猟に連れていく犬を育てるのかを説明してあります。このことについては、飯田辰彦著の『のさらん福は願い申さん 柳田國男『後狩詞記』を腑分けする』と併せて読むとさらに面白いです。

附録

狩之巻

 附録という扱いになってはいますが、この章がそもそもの『後狩詞記』の始まりと言っても過言ではありません。

 柳田國男が椎葉村を訪れた際に、3泊目に選んだ大河内の椎葉徳蔵邸で見た「狩の伝書」を、東京に戻った後、当時の中瀬村長に書き写して送ってもらった章になります。

 内容としては狩にまつわる伝承をまとめたものになりますが、大変短いため、「これでは本にならない」と判断した柳田國男が中瀬村長に、これまで紹介してきた章を追加で書いてもらったということになります。柳田國男の人を頼る力はすごいですね。


 以上、『後狩詞記』の内容を簡単に勉強しました。次回は、柳田國男が椎葉村で辿った足跡を辿りたいと思います。


参考文献
1.「後狩詞記」『柳田國男全集5』ちくま文庫 pp.7~54(1989)
2.『抄訳 後狩詞記』椎葉村教育委員会(1993)
3.『日本民俗学の源流ー柳田国男と椎葉村ー』 牛島盛光編著 岩崎美術社(1993)
4.『のさらん福は願い申さん 柳田國男『後狩詞記』を腑分けする』 飯田辰彦著 みやざき文庫(2015)


文責
椎葉村地域おこし協力隊
移住コーディネーター 日本で最も美しい村連合アンバサダー
森崎慎也


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