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シシ狩り

 犬たちは、林の中に分け入って、「どこか遠くへ行ってしまったか?」と不安になった頃、ガサガサと音を立てて1頭、また1頭と猟師の元に帰ってくる。

 「この山に必ず獲物がいる。」猟師の確信を裏付けるように、しばらく付かず離れず山道を進んでいた犬たちは、猪の気配を嗅ぎつけたのか一斉に獣道へと走り込んでいった。

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 向山日当むかいやまひあて、椎葉博さんのシシ狩りに同行する。猟師単独での吠えめ猟。数頭の犬が猪を取り囲み、吠え、1箇所にとどめているところを猟師が銃で仕留める猟だ。

 犬たちは、猪や鹿の気配を追って山の中を駆け巡る。時にはかなり遠くまで離れてしまうこともある。博さんは犬の首輪にセットしたGPSと、無線機から聞こえてくる犬の息遣いや吠え声で、広い山のあらゆる場所の状況を把握していく。

 遠く離れた犬たちを呼び戻すのには使用済みの薬莢やっきょうを笛のように使う。猟師それぞれの旋律で、遠くまで響き渡る高い音を聞くと、犬たちは猟師の元に帰ってくるのだ。

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 朝から山を歩き続け、犬も人も疲れの色が見え始めた午後2時頃、無線機から、犬たちのけたたましい吠え声が聞こえてきた。

 「シシ、たてとる。」と博さん。

※『たてる』=犬が猪などの獲物をその場に止めていること。

 森に響く犬の吠え声とGPSの位置情報を頼りに、現場に急ぐ。早く行って猪を仕留めなければ、猪を囲んで吠え続ける犬たちが反撃され、危険が及ぶかもしれないのだ。

 疲れ切った素人の足では到底ついていけない足取り。「ここで待っていて。」と言い残して遠ざかっていく猟師。数分後、「パーン」と、たった1発の銃声が、西陽が差し込む森に長く響き渡った。

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 獲物は80キロを超す若い雄の猪。近くの山に入っている仲間の猟師に応援を頼んで、2人がかりでようやく道路まで引き出す。猟期の最初の獲物は、地区の猟師全員に分け合うのが習わし。処理された猪肉は肉質も最高、丁寧に十数人分に切り分けられた。

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 猟に参加できなかった仔犬たちもご相伴にあずかる。肉の切れ端を取り合い、猟師たちの足元で戯れる。
「来年は連れて行っちゃるからな。」と猟師。

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 炭火を囲んで、初物の猪肉を味わいながら盃を交わす猟師たちの話が印象的だった。

 80年に1度、ブナの実が大豊作になる年があって、猟師たちはそれを心待ちにしている。ブナの実をたくさん食べた猪の味は格別だからだ。猟師の一生で1度当たるかどうかのその年を待ちながら、犬たちと腕を磨き、仲間たちと研鑽けんさんしているのだ。

 そう言えば、博さんも猟の最中、地面に目を落とし、猪が『しいた』痕跡を探しながら山を歩いていた。猪はこの時期、木の実で生きている。逆に、木の実が凶作なら猪は痩せ細るわけだ。

※『しいた』=猪が鼻で地面を掘りながら食べ物を探したこと。

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 軽く塩をふって噛み締めた一切れの猪肉、溶け出した脂の旨さに驚く。椎葉のさらに奥山には、森をめぐる自然の摂理と深く結びついた、人と犬と猪の命のやりとりが営々と繰り返されている。

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