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椎葉村情報誌「ONLY ONE Shiiba」

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2022年4月の記事一覧

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お茶でもひとつ

 大河内地区の中心部を見下ろす日当たりの良い斜面に、良く手入れされた段々畑や庭、梅の花がちらほら咲き、フキノトウがあちこちに芽を出しています。  「ここだ、ここだ。あの時は小雪が舞っていて、畑の前で写真を撮ったけど、なんだか二人とも寒くって、ちょっと迷惑そうな表情をしていたなぁ。」などと思い出しながら、今はぽかぽかと暖かくなってきた庭から玄関先へ進んでいきました。  椎葉司さん、君代さんご夫婦を訪ねたのは6年ぶり。君代かあさんは柚子胡椒作りの達人で、それは当時、椎葉を代表

でぇらの家

 「でぇら」とは「平ら」の方言、広くひらけた地形のこと。急峻な斜面の多い椎葉では貴重な平地。  小崎・川の口地区は、山に囲まれてはいるけれど、比較的なだらかで、穏やかな田畑が広がる地区。  その中でも特に「でぇら」と呼ばれる場所に建つ古民家が今、一人の移住者と地区の人たちの手で新しく生まれ変わろうとしています。   何やら、炎と煙を操る怪しい儀式でも始めたか?と見える上の写真。去年の10月、川の口地区の川原での一コマです。杉板を三角の筒状に束ねて立て、下から火を燃やす。煙突

ひなたで もー

 日当たりのいい放牧地で微睡む仔牛と、傍に佇む母牛。そしてそれを柵の外から優しい眼差しで見守る椎葉公男さん。  ここは合戦原、広い牧草地が広がる清々しい高原、開拓者たちによって拓かれた地区です。 「ひなたに出して運動させると、牛も健康になっていいよ」  別の仔牛がおっぱいをねだって、お腹の下に頭を突っ込んでくると、母牛は真剣になって、追い立てます。 「よその子にはお乳はあげません!」 実の子に乳を飲ませながら、よその子を頭で小突いて追い立てる。時々間違って実の子も小

巨大建造物もオンリーワン

 上椎葉ダムは、1950年に着工し1955年に完成した日本初の大規模アーチ式ダム。堤体と呼ばれるコンクリートの壁が、上空から見た時に直線ではなく、上流に向かってアーチ状に湾曲していて、巨大な水の圧力に耐えられるようになっているのです。その高さ110メートル。  ちなみに直線状の堤体を持つダムは重力式ダムと呼ばれます。これは堤体を輪切りにしてみると、下流の方に張り出した直角三角形になっています。堤体のどっしりとした重さで水の圧力を受け止める構造なのですね。  さて、アーチ式

ひえつき

 秋、11月。向山日添地区のヒエ畑を訪れました。そこには、急な斜面を覆い尽くすように1メートルほどの背丈に育ったヒエが無造作に生い茂り、ぎっしりと実りをつけた穂が重そうに頭を垂れていました。  ここは、2年前に焼畑をした場所。焼畑をしたその年にはソバを、2年目にはヒエやアワを蒔きます。春に蒔いたヒエの種は、半年ほどで収穫の時期を迎えました。  冬、2月。乾燥させておいたヒエの精白作業『ひえつき』です。教えてくれたのは椎葉ミチヨさん。ひえつきは昔から、寒い日が続くときや、雪

国境の長いトンネルを抜けると商店があった。

 こちらは椎葉村の北の玄関口、仲塔地区。五ヶ瀬町との境界の、長い長い国見トンネル(2・7キロ)を抜けて椎葉へ入ると、道沿いにポツンと佇む商店があります。  『久木野商店』。峠越えの長くて暗いトンネルを通り抜けてきた後だけに、赤いテントの庇と、そこに書かれた「商店」の文字、店頭に積まれた食品の段ボール箱、アイスクリームの冷凍ケースを見ただけで、ドライバーたちは何故か救われたように、ほっとするのでした。  ご主人の久木野康志さんは、この辺りの山や川を知り尽くす名人。今は3月、

雪解け

2月8日、椎葉に雪が降った。 しんしんと、しっとりと、水墨画のように山を薄化粧した雪は、間もなく陽に溶けたけれど、 峠道や谷間の日陰に残ったものは氷となり、3月に入ってもしばらくは溶けずにうずくまっていた。 3月半ば、大河内の国道沿いに、毎年見事な景色を見せてくれる氷柱の群れも、すっかり春の陽気にとろけてしまっていた。 その身を溶かして、ぽたり、ぽたりと落ちた雫は、側溝を伝って源流に近い一ツ瀬川へと合流していく。 ようやく水温んだ川の浅瀬では、小さなエノハが餌を探し